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【水産資源】アメリカの水産物貿易赤字は実はアメリカ経済に貢献している?

貿易と水産物について、アメリカの面白い記事があったのでシェア。

thehill.com


著者はデューク大学のマーティン・スミス教授で、経済学者。
本当は和訳しようとか思ったのだけど、和訳そのままを乗せるのは著作権的にまずいらしい。
スミス先生と面識がないわけではないが、こんなことで連絡取るのは気がひけるのでまとめにとどめておこう。

水産物貿易赤字は問題か?

アメリカは消費大国であることもあって、貿易赤字が膨大になっていてトランプ大統領も大変ご立腹で自国産業保護の政策を次々と決めたりしているが、この流れは水産物貿易にもあるらしい。

アメリカの水産物貿易それ自体も貿易赤字になっていて、アメリカの商務長官が「こんなに海岸線が大きな我が国がなぜ水産物貿易で貿易赤字なのか」と怒っているらしい。それを受けてか、米国大気海洋局の長官代理も「海洋保護区での商業漁業を許可すべきではないか」と発言した。

それに対して、スミス教授は「アメリカは水産貿易赤字をむしろ維持すべき」と主張する。
アメリカは豊かな水産資源を持つ国ではあるが、国の経済は資源に基づいた経済ではなく、むしろハイテク産業と情報サービスに比較優位がある経済である。ちなみにここでは、日本を含めた他の経済的先進国も水産貿易赤字を維持すべきだと言っている。

アメリカが水産貿易で貿易赤字を出す理由はシンプルに2つ:輸出する以上に輸入しているから、そして輸入する水産物が輸出する水産物より高額だからである。

輸入量 > 輸出量: アメリカの大きな消費力

アメリカは豊かな資源に加えて先進的な水産管理を行っているおかげで安定した水産物供給を行っている。しかし、それ以上にアメリカ国内の水産物に対する需要は大きい。漁獲規制を緩めて水産物供給を増やすことは持続的ではないのである。水産物を他国から輸入することで、国内の資源に対する圧力を高めることなく国内の需要を満たすことができる。

さらに、水産物を輸入することは、量だけではなく選択肢を増やすことにも貢献している。たとえば、高級な魚の代名詞だったサーモンは今やアメリカ内陸部の一般家庭でも消費されているが、それはチリやノルウェーからの輸入物が中心である。

輸入物の価格 > 輸出物の価格: 高価な水産物の輸入

先進国で消費される水産物は一般的に高級なものが多いので、単価も高い。
とくにアメリカでは、エビやサーモンを輸入するので輸入水産物の価格は高いが、一方でアメリカでは人気がなく単価の低い縞ホッケなどを日本に輸出したりしている。

さらに加工貿易も、貿易赤字の理由の一つである。アメリカで取れた天然サーモンの一部は中国に輸出されて加工された後、アメリカに再度輸出されるからである。

水産貿易黒字の国: 人口の少ない国か途上国

すべての経済的に豊かな国が水産貿易赤字なわけではない。アイスランドやその他の島国は水産貿易黒字だし、ノルウェーなんかはすべての漁獲物を自国内ですべて輸出するのはまず不可能である。(ちなみにノルウェー水産物のうち95%は輸入向けである。)いずれの国もEEZの大きさや海岸線の長さに対して、自国の人口が少なく水産物の消費は少ない。

しかし、ほとんどの水産貿易黒字は途上国である。タイとインドネシアは、エビ養殖によって多くの外貨を稼いでいる。途上国では賃金と土地代の安さによってこういった養殖に比較優位がある一方で、平均賃金と海岸線における不動産価格の高いアメリカでは養殖はコストが高すぎるのである。

まとめ

以上が上記の記事の論点である。すなわち、アメリカは水産貿易赤字になっているが、

  • ITやハイテク産業など別の産業に重点を置く経済である。
  • 養殖などは賃金と土地代が高いので経済的に比較優位がない。
  • 輸入することで自国の資源を持続的に管理できている。
  • 輸入することで消費者の選択肢を増やしている。
  • 高価な水産物を輸入する代わりに、あまり(アメリカ人的には)おいしくない安価な水産物は輸出している。

という理由で水産物貿易赤字アメリカの食の多様性と経済に貢献しているのだという内容である。


あくまで「アメリカの」という視点から書かれた記事なので、水産貿易が常に良い効果があるとは限らない。
例えば、水産物貿易を拡大することで、アメリカのような資源管理の規制が強い国から途上国など規制に弱い国に生産が移ることで世界全体では水産資源に対する圧力が強まるかもしれないし、地域雇用などの視点はとくには語られていない。

記事の中でも少し言及されているが、ノルウェーなんかは個別割当にして、輸出することを念頭に水産業を効率した結果、利益と水産物の持続性に関しては大きく改善されたが、(比較的地方である)北部から(都市部である)南部に雇用や資本が移ってきている可能性も指摘されている。(というかそれが私の研究テーマの一部でもある。)

また国全体での貿易赤字と、一つのセクターである水産業での貿易赤字は別問題である。国全体での貿易赤字は外貨の増減にも依存するし、数値上GDPも減少する、また消費者は便益を享受する一方で産業が育たないという点で問題視されているが、本記事では水産業という一つのセクターでの貿易赤字はむしろ便益のほうが大きいことを指摘している点に留意する必要があるかもしれない。